こんばんは、hayateです。
タイトルの通り、ようやくTAD D600の試聴レポを書きます。
今まで私はTAD D600を2回じっくり聴きました。そして、
その2回ともなんと素晴らしい機器だろうと驚きました。
1回目の試聴は今年の中旬にダイナミックオーディオ最上階で、
2回目は先日の東京インターナショナルオーディオショウでした。
※書くまでに時間を要した理由は、あまりにもこの機器が
優れていて、それを形容する言葉が当てはまらなかったためです。
レビューを書くにあたって、一体この機器は他と何が違うのか等、
様々に考えさせられました。
今回は試聴の感想とその考察を併せて記載します。
少々長いですが、ご勘弁下さいorz
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■1回目試聴記
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1回目視聴時のシステムは次の通りです。
・スピーカー:The Sonus faber
・プリアンプ:SOULUTION(型番失念)
・パワーアンプ:SOULUTION(型番失念)
・プレイヤー:TAD D600
対抗プレイヤー:ESOTERIC P-01+D-01×2
まずは、TAD D600を繋いで聴きます。
曲はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲(ヒラリーハーン、SACD)。
再生を始めた瞬間、風圧というのでしょうか、
コンサートホールで指揮者が腕を挙げた瞬間に
一斉に音が吹き出してくるあの感覚を受けました。
特に、厚い低音が体の内部までに伝わってきて、
本当にホールに居るかのような、既存のオーディオ機器では
聴いたことのない「空気の揺れ」を感じたのです。
ただ、これは巨大な「The Sonus faber」が成した可能性も十分にあります。
(私はその時初めてThe Sonus faberを聴いたため、その出音が
TAD D600によるものか判断がつきませんでした。)
しばらく聴いていて、この機器の組み合わせは立体感があまりなく、
そして広大な音場型の音でも無いなぁという印象を受けました。
しかし、特筆すべき点を見つけました。
音色が何とも美しいことです。
一音一音が丁寧に描き分けられ、ハーンの演奏とバックのオーケストラの
音が鮮やかに浮かび上がってきます。
そして、6分後半からの彼女のソロの時、
静寂の中に一人彼女の音だけが鳴り響きはじめました。
その響きは形容しがたい甘美なるもの。
場は彼女の音色だけに支配されていて、その空気感、
その緊張感とそして豊潤な音色で、聴く者を圧倒させる演奏。
いつしか、手をぐっと握り、微動もせず聞き入ってた自分に気づきました。
フィナーレではティンパニの厚く雄大な連打音と、彼女のヴァイオリンが
激しく交戦しながら、終わりを迎える。
オーケストラがあるにも関わらず、終始一貫して彼女のヴァイオリンに
(否応なく)スポットライトがあたり、演奏をありありと見せつけてくれる、
普通では考えられない驚異の再生音でした。
さて、プレイヤーをつなぎ替えて、ESOTERIC P-01+D-01×2です。
値段的にはTAD D600より2ランクほど上の値段です。
どの程度の差があるのか・・・。
再生を押します。
・・・。
「あれ?さっきの風圧がまるでない。これは同じ曲?」と一瞬疑いました。
プレイヤーの表示番号を見ても合っています。あの低音はどこにいったのか。
まるで違う始まり方に、違和感を覚えられずにはいられませんでした。
そして、数分たった頃にTAD D600との違いに気づきます。
先ほどよりステージ感がかなり広い。
エソテリック特有のエッジは少ないけれども、輪郭がはっきりしてる。
細かな音まで正確にかたどってくる。
そして、再びヒラリーハーンのソロに入ります。
「ん?さっきの緊張感と音色の美しさがない!」
戸惑いました。
一音一音、音程は異なるのですが、一音一音の音色(ねいろ)が同じで、
悪い例えですが、味の無いガムを単に咀嚼し続けてる感じを覚えました。
ソロ演奏が進めば進むほど、
なぜだ?!と痛烈な問いが発せられました。
そしてフィナーレ。
ティンパニはかろうじて形を保つのが精一杯。
ハーンのヴァイオリンも形は維持してるものの、
何が主なのかはタイトルを知らないと少しわからないような状態。
熱い激闘を感じさせたあのフィナーレはとうとう現れませんでした。
うーん。。。確かに、キャラクターの違いはある・・・
しかしどう考えても。
そこで、私はもう一度TAD D600を聴かせてもらうことにしました。
風圧という祝福による始まり。
厚い低音と会場を揺るがす空気が改めて再現されました。
初めに感じたものは決して幻ではない。
そしてやはり、TADには音場感や立体的な形というものは
あまり存在しないことも改めて確認しました。
そして、ソロ。
やはり一音一音の音色が異なります。
驚くほど一音一音が異なるのです。
指の位置を変えたとき、他の弦に移動したとき、
出てくる一つ一つの音に驚き、感嘆します。
「なぜだ?!なぜこれ程にも一音一音が違うのか!」
数分の思考のうえ、ふと思い浮かびました。
「簡単な事じゃないか、一つのヴァイオリンといっても、
4本の弦は物理的に太さが違う。まるで別物だ。
そして、指の位置で弦の振幅、振動する長さも全く変わってくる。
TAD D600というものは、楽器単位ではなく、固有の振動、
物質(マテリアル)の違いまで極めて正確に、描き分けてくる機器なのだ!」
店主にお礼をして店を去ったあと、秋葉原を歩きながらこの聴き比べの
結果とその意義を考えました。
「ESOTERIC P-01+D-01とTAD D600はキャラクターがかなり違う。
前者は舞台の全て隅々まで光を照らしたようなステージ感がある。
そして輪郭は整っている。
しかし、後者はそれはなく、どちらかというと奏者一人一人正確に
ピンポイントに光を当てたような音をだす。
もし導入する場合、このキャラの違いはよくよく考慮する必要がある。
自身はどのタイプのシステムを構築しようとしているのか、と。」
「しかし、そのキャラの違いを踏まえたうえでも、なお、
TAD D600のあの音色、素材まで鮮やかに描き分ける能力は
ESOTERIC P-01+D-01の数段上、いや、正直、比較の対象にすらならない。」
キャラの違いはあっても、表現力は全く別物。
TADはとんでもないものを作ってきたという感動と、
そして少しの怖さをじました。
その後、家でAKURATE DSで音を聞きましたが、単色な音にしか聞こえなく、
ゴールドムンドでさえも輝きはあっても、あの一音一音の描き分けを
感じることはできませんでした・・・。
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■2回目試聴記
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2回目は11月の東京インターナショナルオーディオショウのTADブースでした。
※この写真は2ちゃんのν速で一度晒したので、もしかすると該当スレや
まとめサイト系でご覧になった人もいるかもしれません。
構成は以下の通りです。
・スピーカー:TAD CR1
・プリアンプ:TAD C600
・パワーアンプ:TAD M600
・プレイヤー:TAD D600
・ルームチューニング材が前面の壁と両サイドの壁に設置
今回の東京インターナショナルオーディオショウはあまり時間が無く、
色々なブースを短時間で回る予定でした。
しかし、TADの出音があまりに素晴らしくて3時間ずっとTADブースで
音を聞く結果となりました。
3時間の間、実に様々なジャンルの曲がかけられました。
まずそこで感じたのは、やはり素材や一つ一つの音まで
明快に描き分けることです。
特に際立ったのが、ホテル・カリフォルニアのライブ版で、
観客が拍手喝采する「音」でした。
拍手をする一人一人の立ち位置、拍手の大きさの違い、拍手のテンポ、
歓声、どよめき、一人一人の行動がみな違うことが
おもしろいようにわかるのでした。
そして、作り物の音ではなく、本当にその場にいるような、現実的な
音を出してきました。
ヘビーメタル、オーケストラ、独唱、実にさまざま聴きましたが、
共通点がありました。
それは、やはり音像というものがないのです。ステージ感もありません。
しかし、今回のTADフルシステムでようやく気づいた事がありました。
TADが出す音というのは、アタック音とそこから発せられる響き
(物質と空気の振動)だけ、という事でした。
なぜだ?!
また問うことになりました。
そして、私がこれまで過去に聞いてきた音を思い起こしました。
B&WのNautilus、avantgardeのDUO、JBLのEVEREST DD66000、
AVALONのISIS、Goldmund のFULL EPILOGUE、
lumenwhiteのsilver flame、DYNAUDIOのサファイア、
AudioMachinaのThe PURE System、
YG ACOUSTICSのANAT REFERENCE、TANNOYのKingdom Royal・・・
「TADの音は今まで聞いてきたオーディオには分類できない!」
そして考えました。
なぜこんな音がするのか?
こんなオーディオはありか?と。
そして、ついにその問いは氷解しました。
『そもそも音はどのようにして発せられるのか』と言う問いを経て。
「音は、ある物質に他の物質がぶつかる事で発する。
そして、その点から空気が振動されて、我々の耳に届く。
音はただそれだけのものに過ぎないのだ。」と。
そして更に。
「音というものは、物質固有のものであるが、
音それ自体がその物質固有の形を象ることはあり得ない」と。
つまり、音は物質独自の音を出しますが、
その音には発生させた物質の形を示す情報は含まれていないという事です。
(経験と想像力によって、音と形を当てはめることは可能でしょう。
しかし、それは音以外の情報で補完している事に過ぎないのです。)
オーディオでは歌っている姿が見えるようだとか、
立体的な音という言葉で表現(賞賛)します。
実際にそのように聞こえる事もあります。
しかしそれは正しいのでしょうか?
現実的には立体的な音などあるのでしょうか?
たしかに、シンバルやティンパニなど、振動面が多い楽器は、
音と形が類似する場合があります。
しかし、歌っている人の姿やその他の振動面が少ない楽器については、
その音を元に形を類推することは無理でしょう。
現実の音は発生点とそこからの振動(反射も含めた振動)だけなのです。
同様に、TADは三次元空間に発生点を正確に配置し、その位置から
固有の響き(振動)をただ再現するだけ。
他に余計な事は行わない。
TADというものは、そのような本来の音を極めて正確に
再現する機器である、という結論に至りました。
素材の違いを見事に描き分け、現実的な、実際的な音を出すTAD。
私は感嘆せずにはいられませんでした。
・・・。
私は、今までオーディオを聴いていて、ここまで「なぜ?」と
思った機器はありませんでした。
それは正確すぎる再生機に出会ったことがないという事が一つでしょう。
そしておそらくこれがもう一つの答えでしょう。
それは、TADの技術者の開発は常に「なぜ?」から始まっていたからです。
今回のショウでのTADの売りは、新作のプリアンプC600でもありました。
その紹介時に次のように話していました。
「プリアンプとはそもそもなんだろうか?
このプリアンプの開発はその問いから始まりました」と。
そして、スピーカーの紹介時にも、「ツイーターに求められるものは何か?」
「ウーファーが振動する場合の問題点はなんだろうか?」
「リスニング位置の違いで感じ方の違いは許されるのか?」とも
言っていました。
TAD技術者は、全て問いというアプローチで開発を行っていたのです。
その「なぜ?」という問いと答えが音となり、私にぶつかってきました。
彼らの発した「なぜ?」によって従来の音作りを覆し、その異なる出音で
私はやはり「なぜこの音?」と問い直すきっかけとなったのです。
少し飛躍しますが、かつての古代ギリシア人が人類史上もっとも輝かしい
文化を築き得たのは、問題作成能力があり、「なぜ?」を問うことが
できたからと言われます。
TAD技術者も同じように「なぜ?」という手法を用いて、その結果、
音の本質をつかみ、そしてそれを再現可能な製品開発に至ったのでしょう。
私はその開発姿勢に心の中で拍手と賞賛を贈りました。
そして、そのTAD D600だけでもいつの日か私のシステムに組み込めたら
と思うようになりました。
(私は究極的にはDSのような物ではなく、SACDとCDを高品質に再生できる
プレイヤーを望んでいます。)
長くなりましたが、TAD D600、そしてその他TAD製品に関しては、
オーディオというものを深く考えさせられるものとなりました。
そして、技術者の情熱と問いて形にしていく勇気を感じました。
次はいつこの音を聴けるか分かりませんが、TAD製品が幅広く聴かれて
愛されることを望んでいます。
※ただ、TADのフルシステムは現実の音と比べて、
少々音が固いですね。そのため、好みが分かれるでしょう。
音が固いというのはTADの技術者も素直に告白していました。
TAD社の皆さん、素晴らしいオーディオ機材を
この世に出して頂きありがとうござました。
このブログを通して、TAD社皆さんへの熱い気持ちに敬意を表します。
hayate
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